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膨れ上がってる

ささくれた名盤などについてのメモ他

Pig Lib

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Pig Lib / Stephen Malkmus & The Jicks (2003)

チューニングすらベロベロの歪みまくったギターと半ば適当な演奏がローファイという妙なジャンル名で括られ、90年代中盤にNirvana無き時代の寵児として担ぎあげられたバンド、Pavement。そのフロントマンだったスティーヴン・マルクマスが、Pavementをあっさり解散させて近所の人たちと組んだバンドこそ、このStephen Malkmus & The Jicksです。

ソロ名義では2ndとなるこのアルバムでは、全ての曲を通じて妙にレイドバックしつつポップな、それこそ伸び気味の麺料理のように脱力感溢れる曲が続きます。前作が、均整の取れた2流ポップ集のようなアルバムであったわけなんですが、そこからこの曲調へのあまりの振れ幅の大きさに、発表当時一リスナーとして盛大にずっこけた記憶があります。ただし、聴き進めるうちにそのあたりも計算のうちのような気がしてきました。


1% of One

マルクマスがソロ1stを出した頃の某誌でのインタビューで、「労働階級出身ではないとロック音楽ができないかのような風潮が嫌だ。自分は中流階級出身だから、中流階級出身の人間の音楽が創りたい。」というようなことを話していて、こっちもなんだか「そうなんすか」と納得したような気になっていたんですが、その発言が示したような音はこのPig Libに結実したように思っています。

中流階級出身で贅沢でもないが不自由もないような生活を送り、なんとなくバンドをやってみてなんとなくギターを適当に弾いてみたところそれが新しい手法として評価され、メディアから一挙一動をいちいち持て囃される。喜びと増幅する戸惑い。マンネリ化して小回りの利かなくなったバンドを解散してソロで活動してみたところ、音はポップにはなれどどこか完成しきれない。試しに近所の楽器ができる奴らと一緒にバンドを組んで、ダラダラと音を出してみたら妙におもしろい。おもしろいから、今まで自分が影響を受けてきたブルースやフォークの色を出してみようか…。
…というような音が節々から聞こえてくるんです。隅々から。

演奏する人間が自前の演奏を楽しんでいる様が音から透けて見えることこそバンド音楽の最大の魅力だと思ってしきりですが、このアルバムからはそんな魅力しか感じ得ません。Pavementのようにディストーションを垂れ流すのではなく、バンドの骨格ははっきりさせながらもどこかずれている。それこそ、ソロ以後のこの人の音楽の特徴と捉えています。


Dark Wave

アルバムからのリードシングルであり、バンド史上最も不穏な雰囲気を纏った3分間ポップ。
この曲についてはいろいろあってすごく思い入れが深いんですが、僕は今すごく眠いし正直大しておもしろい話が出てくるわけでもないので、説明は省略しますね。

おやすみなさい。
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SAKHALIN ROCK

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SAKHALIN ROCK / OKI DUB AINU BAND (2010)

今は無きタワレコ横浜モアーズ店にて、仕事のストレスに突き動かされるようにジャケ買いしたところ、そのあまりの濃厚な音世界に畏れ慄いたことが記憶に新しい名盤。ジャケ買いすること自体すごく珍しいことなんですが、このアルバムからは何かみなぎる自信のようなものを感じました。
バンド名のとおり、アイヌの血を引くOKIさんを中心に、アイヌ楽器であるトンコリとレゲエ(ダブ)を調和させた独創性の高い音楽が展開されます。
参考になるかどうかわからないながら言い切りますが、個人的には喜納昌吉&チャンプルーズの1stと並ぶ国内民族音楽フュージョンロックの名盤だと思っています。


この表題曲のドラムの疾走感とアイヌ楽器であるトンコリのアルペジオ、1コードを基調とした展開は、不思議とEcho & The Bunuymenあたりのネオサイケを彷彿とさせるものです。
80年代初頭のニューウェーブの連中がパンク音楽に第3世界の音楽を取り入れることに夢中になったように、奴らから見るところの第3世界に存在するOKIさんが、同じく第3世界の音楽であるレゲエ(ダブ)を吸収し、そのどちらでもない音楽をアウトプットしてみせたことに同様の精神性を見出すことができるような気がします。アイヌ民族の反骨の歴史とパンク・レゲエなどのレベルミュージックが、このように見事に調和して着地することを果たして想像できたでしょうか。

ちなみにトンコリは5弦からなる弦楽器ですが、基本的には開放弦を両手で指弾きする代物らしく、ライブを観ていると曲間での毎度のチューニングが相当大変そうで、生まれついてのO型気質である僕などには到底扱える気がしません。
なお、OKIさんは独学で習得したというそのトンコリを「電化」しています。

この曲以外の曲は、重心が低くグルーヴ感の強いいわゆるところのダブ調の楽曲が多く、トンコリにアイヌの口琴「ムックリ」が合わさりコーラスがアイヌ民謡のリフレインを繰り返しながらもリズム隊は淡々とレゲエ仕様という非常に完成度の高いものです。アルバム作成への意気込みの強さを感じます。

余談ですが、OKIさんのライブを六本木のライブハウス「新世界」で観た際、あまりの衝撃に終演後も動けなかった僕らの間近にOKIさんがフラフラと歩いてきたため少し話してみたところ、PILのジャー・ウォブルのことを「あいつ」と呼ぶ気さくなおじさんでした。

また、数年前の朝霧ジャムにこのバンド目当てに参戦したにも関わらず、中央道でのトラックの事故のあおりで遅刻、泣くなく見逃すということがあり、駐車場までようやく辿り着いた時に青空に鳴り響いていたのが(…と書いていたところ、行きどころのない憤りが再燃してきたので筆を止めることにします。)


※最後に、喜納昌吉&チャンプルーズの中で最もEcho & The Bunnymenに近いと思われるこれもご一緒に

Adventure

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Adventure / Television(1978)

TelevisionといえばTalking headsと並ぶニューヨークパンクの知性であり、1977年に発表されたMarquee moonは、フェンダーギターのシングルコイルピックアップの特性(線の細さ)を全面に用いた繊細なアルペジオ、反復するユニゾン奏法とを粘っこい歌とタイトなドラムで紡いだ非の打ちどころのない名盤です。このアルバムを発表するまでに長い下積み生活を送っていた彼らは特に曲のアレンジを練りまくっており、表題曲などは10分を軽く超えます。
パンク嫌いな僕を危うくパンク好きにさせかねない、それこそパンクの枠からはみ出たパンクアルバムだったのです。

それに比べ、1978年に発表された2nd「Adventure」は、世間から駄作中の駄作と称され、顧みられることすらロクにありません。逆に言うと、駄作好きにはまさに持ってこいのアルバムです。

いい機会ですので、Adventureの何がそこまで期待を裏切ることになったか一緒に考えてみましょう。

①ジャケットが結構あれ
比較してみましょう。
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Marquee moon

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Adventure

どうですか。
緊張感のあるMarquee moonに比べ、いかんせんAdventureは赤すぎです。
これは「ビートルズの赤盤と青盤だったら断然青盤が好きだ、なぜなら赤いジャケットのアルバムが嫌いだから」などと常々嘯いているような方には散々嫌われたことでしょう。一方、牛には好かれるかもしれませんが、残念ながら牛は経済的な理由からアルバムを買うことができません。
そして、Marquee moonでは右腕の袖を熱心にいじっていたTomが、Adventureでは完全に飽きてしまい首筋を気にしています。まさにこのような飽和を感じさせる所作の違いが音の違いにも如実に表れているのです。


②そもそも曲があれ
それぞれのアルバムの2曲目を比較してみましょう。

Venus


Days

どうですか?
正直なところ、Daysはソフト路線ながらTelevisionの代表曲Venusに匹敵しうる名曲だと思っています。しかし、残念ながらAdventureにはDaysを含む2、3曲を除くともはや残弾がなく、麩菓子から菓子を抜いたような楽曲が続きます。その点、Marquee moonは名曲の金太郎飴状態、スターを取ったばかりのマリオのような存在なので、必然的にAdventureは霞んでしまうことになります。


さて、よくわからないまとめになってしまいましたが、Adventureはそれでも十分名盤足りえるアルバムです。
Televisionにとっては本来過渡期にあたる時期のアルバムで、極力それまでに作ってきたストックに頼らないことを前提として制作されたようであり、そのようなストイックな姿勢がバンドメンバー間の不調を生み結果的に崩壊に繋がったわけですが、逆に捉えると崩壊寸前の鈍い輝きのような演奏を見出すこともできます。Daysや他の数曲以外の曲においても、今までと違う表現をひねり出そうとする苦心の跡が感じられます。(それでも麩菓子から菓子を抜いたような音ですが。)

時間を持て余した夜長などに聴いてみると、何か感じるものがあるかもしれませんね。責任は持てませんが。

거짓말이야

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거짓말이야/신중현과 더멘(1972)

軍国主義化する国家への反発心が、革新的な音楽表現を生み出すことがあります。
有名なところでは、60年代後半のブラジルにおいて、ビートルズとフラワーパワーに触発されてボサノヴァを異化させたトロピカリアの連中がいますが、同じ頃、韓国においても同様の思想が変に拗れたとんでもない音楽が生み出されていました。



신중현과 더멘(Shin Joong Hyun & The Men)は、それまでギタリストとして芽が出ず歌謡曲のプロデュースなどを行っていたシン・ジュンヒョンが、クラブでの演奏を行うためにメンバーを集めて結成した6人組のバンドであり、言わば即席バンドだったようです。
1972年にリリースされた「거짓말이야」には、9分、22分、11分というどれも長尺な3曲が収録されていますが、この頃の長尺曲の主流であるプログレッシブでスマートな展開は皆無であり、むしろドイツのアンダーグラウンドでのみ主流だったハンマービートのようなドタドタしたリズムにとりあえずのギターソロとやたらと叙情的な歌唱が乗るという、稀に見る気色の悪い音楽が延々と繰り返されます。(念のために強調しておきますが、サイケ音楽に対する「気色の悪い」は褒め言葉です。)

グラムロックが世間を圧巻していたようなこの時期に、Can、Neu!、Faustなど、その後80年代に入ってからようやく世界的な評価が定まるようなドイツのアングラバンドをシン・ジュンヒョンが知っていたとは思えず、この淡々とドロドロしている音楽を自ら創り出したと思うとサイケファンとしては感慨も一入です。

このアルバムも世間的には当然黙殺されることになりますが、1974年にジミ・ヘンドリックスからの影響を包み隠さず落とし込んだ3人組の新バンドによるアルバム「신중현과 엽전들(Shin Joong Hyun & Yup juns)」がヒットし、シン・ジュンヒョンは韓国内でのロック音楽の草分け的存在として認知されていくことになります。(さながら、その生き様は妙にルー・リードとダブります、何故か。)

※一応、신중현과 엽전들の代表曲「미인」の動画を貼っておきますが…、個人的にはこの「痩せすぎたヤギ」のようなギターの音色がそもそもあまり好みではないです。楽器間のスカスカな距離感は好きなんですが…

ジャイアントクラブ

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ジャイアントクラブ/ウリチパン郡(2008)

夜道を一人で歩いていたりして、突然、包丁片手に飛び出てきた暴漢に「2000年代後半にリリースされたアルバムの中からベストアルバムを3枚選べ!」と強い口調で問われれば、咄嗟に、このアルバムとSean lennonの『Friendly fire』を即答し、残り1枚を選びきれないまま痺れを切らした輩に刺殺されるような気がしてなりません。

奈良県が生んだ鬼才オオルタイチとウタモ夫妻を中心とした宅録ユニットとしてスタートしたウリチパン郡は、さらなる音楽表現を求め、2nd『ジャイアントクラブ』でバンド形態に発展、ワールドミュージックの殻を被った純日本的ポップ音楽を創りだしました。


ドラムに元Boredomsのドラマーである千住宗臣を迎えたことで、オオルタイチ持ち前のポップセンス、アコースティック楽器の耳障りの柔らかさ、精確かつなだれ込むようなリズムの3つが併存し、肉感的で色彩感の強い音楽表現となっています。それだけ主張の強い音楽だったこともあってか、彼らは2010年に活動を休止してしまったわけですが、休止直前のライブにおいては、骨組みだけで音を組み立てなおすようなタイトな演奏を見せていて、それはそれで非常に興味深いものでした。(ちなみにライブにおいては、Gt/Vo、Syn、Syn、Drという変則的な編成)

なお、現在はオオルタイチ+ウタモとして活動を続けており、ライブではウリチパン郡の曲の一部を聴くことができます。狂騒的なジャイアントクラブを経て、どこまでも優しく着地するような表現に移行したオオルタイチ+ウタモの音楽も、特に現代社会に疲れたあなたにおすすめです。

Oorutaichi + Ytamo_part1 from Masaki Yanagida on Vimeo.

ジャン



風体からしてすでに世捨て人然としているシンガーソングライター南正人のシングルデビュー曲。
この動画の音源は、1975年の神奈川大学オールナイトレインボーショーにおけるエレキギターでの弾き語りです。

Pink floydの1stやThe byrdsのEight miles highに薄っぺらな脳髄をぐわんぐわんやられていた大学時代、その延長線上で自分が体験した最も衝撃的な出会いこそがこの曲でした。初めて聴いたときから、曲と歌詞の世界のドス黒さに魅了されたことをよく覚えています。
まだアシッドフォークなんてジャンルがあることすら知らず、何年か後にようやくこのような音楽こそがアシッドフォークの極限であると再認識することになるような体たらくであったので、語彙力の乏しかった大学時代の僕はこれを「やばい」としか言い表わせずにいました。

もともとこの曲は、CDにおいては南正人の1st「回帰線」のボーナストラックとして収録され、そちらではいかにもシングル曲らしくストリングスのパートとタガが外れたようなアコースティックギターのリフが印象的なスマートな部類のサイケ音楽として成り立っています。

しかし、日本が生んだ天性の風来坊(ヤク中)として名を馳せた南正人の本領が存分に発揮されているのは、明らかにこの動画の音源の方でしょう。喉が裂けんばかりの咆哮と開きっぱなしの瞳孔が今にも目に浮かぶようなテンションの高さです。

アシッドフォークというジャンルを一括りにまとめるのは困難であること、また、アシッドフォークだからといって表現者が必ずしもアシッドを食っている必要がないことはもはや言わずもがなですが、アシッドを食いながら大草原を駆け巡るような音楽を体現した南正人やSyd barrettにこそ、やはりアシッドフォークという冠は似合う気がします。

今までもこれからも、アシッドフォークという言葉を聴くたび、真っ先に思い浮かべるのはこの曲しかありえません。

ありがとうございました。

江州音頭 久保田麻琴レアミックス

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江州音頭 久保田麻琴レアミックス/桜川百合子(2012/6)

久保田麻琴が江州音頭をリミックス仕立てた怪盤。

音頭は、リズムと踊りとが生み出す陶酔感が地域の最大の娯楽として支持され発達してきただけでなく、口上による地域文化継承の役割も担ってきました。
この江州音頭もまた、滋賀県発祥の盆踊りの定番曲として、特に近畿地方で広く踊られてきたものです。

一方、京都府に生まれた久保田麻琴は、同志社大学進学後、裸のラリーズや夕焼け楽団などを経て、最近は国内外の辺境音楽のリミックスやその擬似音楽の創作を中心に活発に活動しています。
古い江州音頭のLPから音源を抽出し、それをカットアップするとともにブレイクビーツ調に再構築するという、一見音頭の伝統と反目するような荒唐無稽な取り組みが、親和性高くグルーヴ感溢れる楽曲にまとまったのは、京都に生まれ江州音頭に慣れ親しんだ久保田麻琴ならではと言えるのかもしれません。


このYoutubeの動画では、アルバムに収められている「千両幟」の3つのリミックスを1曲にまとめたものを聴くことができます。
驚くべきは、アルバムに収められているこの「千両幟」のオリジナル音源が、桜川百合子の歌、男衆の掛け声、太鼓などの鳴り物だけというシンプルな演奏だけであるにも関わらず、すでに強烈にビートが効いているというところです。
陶酔に飾りはいらない、ということなんでしょうか。

ともかく、冒頭の「だこりゃどっこいしょー」の脱力感に毎度強く心打たれます。

※余談ですが、久保田麻琴の1st「まちぼうけ」は、アシッドフォーク臭を漂わせつつ妙にとぼけているという絶妙なバランスで成り立っている名盤ですので、こちらもおすすめです。

サイレントのとんがり

重箱の隅をつつくような音楽を自分勝手にピックアップしようと思い、なんとなく始めました。
というのも、ここ最近、買うCD買うCDがあまりにも当たりを引きすぎていて、記録しながらうまくアウトプットしないと頭の中から転げ落っこちてしまいそうな気がしたのです。

ともかく、記念すべき第一回目に取り上げるアルバムはこれです。
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サイレントのとんがり/三沢洋紀と岡林ロックンロール・センター(2013/9)

アルバムを通じて、三沢さんのアコギ弾き語りをシンプルなバンド演奏が支えるというわかりやすいスタイルで一貫しているものの、曲調は穏やかなバラード調のものから80年代のディスコ調のもの、懐かしのストロークス調のものまで非常に幅広く、誰も傷つけることのないような音の柔らかさが聴き終えた後も印象に残ります。
岡林ロックンロール・センターという名前通り、ベースの岡林氏の弾くベースラインはVelvet undergroundを彷彿とさせるよく跳ねる音。それに乗る、三沢さんの少し不安定な声。





三沢さんは、横浜黄金町駅近くの京急線路線下にあるカフェ兼ライブバー兼アングラ図書館「試聴室その2」の店長をやっていて、店を訪れるたびにアジア色の強いカレーを煮込む姿を見かける気さくな方なんですが、かつては大阪のライブハウス「難波ベアーズ」の店長であり、羅針盤、渚にてと並んで関西三大うたものバンドと称されたLabcryの中心人物だったそうです。(関西三大うたもの云々はウィキペディアで知りました)

このアルバムを試聴室その2の店頭で購入しようとしたところ在庫分がすでに売り切れているらしかったので、真顔でカレーと格闘していた三沢さんに聞いてみたところ、「もう店に在庫はないから、Amazonで買ってね」との返答。ああなるほどなこの柔軟な人間味があの音に出ているのかと妙に感心したものです。

ちなみにアルバムはもちろんAmazonで買いました。